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【小説】青い鳥はいつも見える

青い鳥はいつも見える II

 ←青い鳥はいつも見える I →【キャラ】ラウル周辺
ハヴェルの章 1幕

 今から六年前、ヴァルガの周辺は多くの民族が争い、あるいは戦いに巻き込まれ、国が滅び、新しい国が生まれてはまた名前を変えて滅ぶことが日常だった。そしてなくなってしまった部族や街の名前、国の名前すら瞬く間に忘れられていく。いまも事情が大きく変わったわけではないが、特に当時は孤児や帰るべき故郷を失った人たちが溢れかえっていた。
 ヴァルガ連邦という都市国家と藩国の集合体自体が不安定であり、いつも内部分裂と裏切りと陰謀に満ちており、情勢も極めて悪い。おまけに人々がゆっくりと富を蓄えるいとまがないので、どこも貧しくおまけに疫病などが流行するので全体的に疲弊した印象の国だ。
 だが、ここは軍をかかえる国家ならどこも注目せずにはおられぬ【火薬ギルド】の本部のある地であり、国の機関以外の採掘に即死罪が適用される特殊鉱石が採れる土地ゆえに、暗躍する商人垂涎の場所でもあった。さらに呪術を施した最強の傭兵団をはじめとして、人身売買が公に許されている。
 乾燥した土地で寒暖が激しく、疫病や戦禍に晒され続けているとはいえ、他国にはない闇の魅力で人を惹きつける土地でもあった。



 ハヴェルは一昨日、たぶん十二歳になった。たぶん、というのは記憶が曖昧だからだ。
 母と姉に手を引かれて、焼き払われた故郷の村から裸足で走って逃げたのは何年前で、その時いくつだったのかがあまりはっきりしない。
 足が痛いと泣き、おなかが空いたと泣き、喉が乾いたと泣き、もう一歩も歩けないと泣いたハヴェルを、母と姉は頑固な家畜を扱うように宥め、時には手を上げることさえしてこの街の端までたどり着かせてくれたのだ。
 もう朝も夜も関係なく歩き続けなくていいと知ったとき、ハヴェルはそれだけで幸せだと思ったが、それは翌日の夜には空腹ですぐ消し飛んだ。今までも決して裕福ではなかったが、貧困に悩まされたことはなかった。しかし砂と埃が多いこの土地では一杯の水を代価なしに得られることはなく、ハヴェルが聞いたこともない火龍を神として崇める寺院のわずかな施しを親子で並んで恵んでもらいに行ったのを覚えている。
 寺院の僧たちのなかに片方の目を潰した者がいて幼心にひどく怖かったが、彼らが特に親切にして同情的だったのでそれにもすぐ馴染んだ。あとから知ったのだが、彼らは「宗教的理由」で自ら進んでそうしたのだそうだ。彼らは『聖者シャイル』と呼ばれ、ほかの僧からはとても敬われている様子だった。
 ほどなくして姉はいなくなり、病で死んだのだと母は言っていたが、今なら彼女が売られたと想像がつく。母が売ったのか姉が望んでそれを選んだのかわからないが、姉は姉自身のものではなく誰かのものになったのだろう。そのいくばくかの金で母と自分はなんとかスラムの一角の屋根のある小屋の片隅に居場所を得ることができたのだから。たとえそれが日干し煉瓦を積み上げただけの隙間風の酷い建物で、何十人も押し込まれたような小屋であっても、夜中に踏まれることが多くても、飢えた野良犬や刺されたら腫れ上がる虫のいる外よりもずっとずっとマシだった。



 ハヴェルの母は容赦なく厳しくもあったが、同時に優しくもあった。売り子や針子、洗濯女や雑用、そして主に何の仕事でハヴェルを養っていたかを想像するのも今の自分には辛かったが、彼女は愚痴も不満も漏らさず、ひとときの休息があるときはハヴェルにいろいろな話を聞かせてくれた。彼が特に気に入っていたのは、故郷の歌だった。故郷の村での生活も決して豊かではなかったが、いつも歌と踊りと音楽があって母は村一番の歌い手で、殺された父は笛の名手だったと母は教えてくれた。
 母はハヴェルの未来のためにせめて文字を書くことを覚えさせたいと願ったが彼女自身それを知らず、さらに日々の食糧にも事欠く日々では望みようもなかった。彼女は火龍の寺院の僧に何度も頼みこみ、ようやく何を代価として火龍に捧げるかと聞かれ、母は歌を捧げてそれを認められた。いやむしろそれ以外なら僧たちが不要な彼女の肉体しかなかったのだ。
 日々重くつのる苦労にすっかり老婆のように見える母が、寺院で歌を捧げるときはとても綺麗に見えた。
 実際彼女は三十を過ぎたぐらいだっただろう。褐色の神は砂埃と苦労で色あせ、顔や肌にもその痕跡がきざまれていたが、背筋を伸ばし祭壇の前で歌う姿は毅然と美しかった。声はあふれる清冽な泉のように透明で、僧たちに教わった火龍への賛歌は一流の歌姫が歌っているように聞こえた。
 そしてその代価に、ハヴェルは文字を教えてもらうことができた。何人かの僧は好意で簡単な計算も教えてくれた。文字は難しく計算もハヴェルには苦痛だったが、母の歌のおかげであることはよく理解していたので一生懸命学んだ。そしてハヴェル自身は誰に言われるでもなく、僧たちの水くみを手助けした。
 痩せた土地で農業も牧畜もないが、人は外からどんどんやってくる場所だった。そこには金が生まれた。
 特殊鉱石。
 錬金術の高度な術を使用するために用いられるレアメタルと呼ばれるもので、一方で禁忌の魔術にも使われるのでヴァルガでは民間の採掘が禁止されている。もしそれが見つかればその場で死罪なのだが、同時に驚くほどの金を一瞬で生み出すために盗掘が絶えない。
 公の取引で扱われるものを買いに来る商人はもちろん、闇で流通するものを求めてやってくる者も大勢いた。ハヴェルの村も、これを不法採掘して扱っていたという疑いがかけられて火を放たれたのだと母から聞いた。
 そして、人間という商品の売買。奴隷、使用人、愛人、あるいは傭兵、そして目的も明らかにされず買われていく者がたくさんおり、そのための競り市場があった。競り市場は人を買いに来る金持ちが大勢いるので、そのために物もたくさん動く。
 屋台や荷馬車から一つや二つの野菜や果物を失敬してもまず見つかることがないので、ハヴェルはよく見物にいった。初めて屋台から果物を二つ持って帰ったときは母に激しく叩かれたが、いけないとわかっていても空腹の前には罪悪感も粉みじんに砕けた。そしてやがて母も不機嫌になりながらも手を上げることはしなくなったが、時々情けなさそうに声を殺して泣かれるほうがハヴェルには辛かった。
 街での生活が一年を過ぎる頃、母は体調を崩すことが多くなり、もともと困窮していた生活は途端に行き詰まった。貧しい食生活のせいか、ハヴェル自身も実際の年齢より小さく痩せていたので、使い走りとしてすら雇ってもらえない。ハヴェルは寺院にでかけ、そこの手を清めるための鉢から水を飲んで空腹を癒し、ぼんやりと参道の階段に座っていることが多くなった。
 母が火龍に捧げる歌がなくなったために僧から教わる授業も途絶えていたが、事情を知っている僧の何人かは供物のおさがりをこっそり分けてくれた。一人の一食ぶんにもならなかったが、ハヴェルはそれを母に持って帰り自分はお寺で食べてきたと嘘をついて食べさせた。
 ある日、いつものように水で空腹を紛らわして座っていると、お参りに来た信者らしい年配の婦人がハヴェルにたっぷりと入った食糧袋をくれた。
 驚いて顔を見上げるハヴェルに、ここの神様に助けてもらったお礼をして廻っているのだと教えてくれた。ハヴェルは何度も何度もお礼を言い、母が火龍に捧げる歌をお礼に歌ってみせると、その夫人は微笑みながら繰り返し深く頷き逆にお礼を言って去って行った。
 袋の中身は日持ちのする旅の糧食を中心に、先ほど市場で買ったばかりらしい果物とパンがずっしりと入ってた。これだけの食糧が入っていれば、二人なら一週間は何も心配せずに食べていけそうで、ハヴェルはほとんど叫びそうなほど興奮して母の待つ小屋に帰った。


 しかしそこに母はいなかった。


 母が首から皮ひもで肌身離さず持っていた、逃げるときもどんなに貧しくても手放さなかった、父の形見の笛が藁を集めた寝床に転がっていた。

 同じ小屋の住人の何人かに聞いたが、皆頭を横に振る。
 きっと新しい仕事を探しに行ったのだろうと日が暮れるまで待っていたが、母は戻ってこなかった。
 母が帰ってきたら一緒に食べようと必死に我慢していたが、少しだけ、少しだけとパンをかじり、夜が更ける頃にはハヴェルも小屋に戻り不安な気持ちで眠りについた。
 翌朝も母は帰ってこず、ハヴェルは落ち着かずに街の中を探して歩いたが、無駄に腹が空いて動けなくなるだけだと気づいて小屋で待つことにした。
 少しずつもらったパンが硬くなり、カビくさくなっても母は帰ってこなかった。
 食糧で膨らんでいた袋はだんだんと萎み、乾燥した果実の欠片しかなくなったころ、火龍の寺院の僧が一人やってきて母の死を告げた。
 ハヴェルは、自分を哀れむように手を差し伸べて頭を撫でる僧を見上げ、無表情にそれを聞いた。
 人が死んでいるのはたくさん見てきた。だがそれが何を意味するのかはまだわからなかった。
 ただ、母はもう抱きしめても怒ってもくれないことだけがぼんやりと感じられた。
 僧に手を引かれ、母が葬られた共同墓地に連れて行かれた。
 母はこの街を外の砂と生き物から遮るためにめぐらされた壁の外で死んでいたそうだ。獣のいる乾燥した地で一週間たてば、魔術で痕跡でも辿ってもらわないと死因はわからない。
 殺されたのか、病気で動けなくなったのか、そもそもどうしてこんな場所に出てきたのか誰にもわからなかった。三日ほど前に死体を見つけた人から寺院に連絡があり、どんな神を信仰していたにしろ等しく弔う彼らはその遺体を引き取った。変わり果てたとはいえ生前に交流のあったハヴェルの母だとすぐに気づいたが、むごい姿を見せるよりはと墓地に葬ってからハヴェルに伝えに来たのだった。
 話を聞かされても墓地の前にたたずんでもハヴェルに目に涙は浮かばなかったが、一人小屋に戻って夜が来たときについに嗚咽が抑えきれなくなった。いまや母の形見にもなった父の笛を抱きしめ、ハヴェルは寂しさに泣き続けた。やがて小屋の中の誰かがうるさいと怒鳴り、ハヴェルはこぶしを噛んで嗚咽を殺した。
 その数日後、ハヴェルの母が死んだことを聞きつけ、この小屋を管理している人間が現れた。
 見るからに素行の悪そうな、威勢だけはいい街のゴロツキだ。おそらく金を取り立てることだけを任されているのだろう。いまや一人きりとなったハヴェルには母と二人分の空間は与えられず、それも一週間以内に仕事を見つけてこなければ出て行くようにと脅された。
 幼い子供が理不尽に恫喝されているのを、居合わせた小屋の住人たちは息を潜めて見守っていたが、誰も助けの手は差しのべなかった。
 誰にもそんな余裕などなく、優しさも正義も命より価値のあるものではなかった。
 そしてハヴェルも故郷を追われて以来、痛いほど身に沁みて知っていた。代価を要求しない神すらいない。人がそうであって、何の不思議があるだろうかと。
 男が出て行くと、ハヴェルは大人たちが驚くほどのもの静けさで母と食べようと思って持って帰ってきた食糧の袋を取り出すと、その中に持ち物の全てをつめた。かつて姉がきていた上着を母が仕立て直してくれた着替えが一枚、外で寝るときの毛布代わりに母の服を一枚、形見の笛が一つ。そしてここに住むようになって母が唯一買った古びた皮の水筒。袋はそれらを入れてもまだまだ空間が残っていたが、それがハヴェルの持っていける全てだった。
 成り行きをじっと見守っていた小屋の住人の一人の老婆が、ハヴェルが出て行こうとするのを呼び止めた。
「おまち、坊や」
 ハヴェルは名も知らぬ老婆に呼び止められ、少し怪訝な顔をして振り向いた。
「私には身寄りがない。そしてもう長くない。誰かに何かを残さなきゃいけないこともないんだよ。だから持っていっておくれ」
 彼女はそういうと、小さな袋から出した指輪に紐を通したものをハヴェルの首にかけた。
「むかしは下級の魔道士で、これは自分で作った護符だ。今は力も枯れて何もできやしないがね。でもこの護符は私を今まで護ってくれた。まだほんの少しの力が残ってるだろうから、坊やにやるよ」
「ありがとう。でも護られていたのに、こんなところにいるの?」
 ハヴェルは胸にさがる新たに加わった持ち物を見つめ、素朴な疑問を投げた。
「それは私が望んだからだよ」
 老婆は苦笑すると話は終わったとばかりハヴェルの背を軽く叩いて、別れを告げた。そして彼女のほかにもうハヴェルに興味を持っている人はおらず、彼は一年ほどの「我が家」を後にした。



 絶望という言葉を知っていたなら彼は絶望しただろう。
 だが幸か不幸かその言葉の意味を知るには幼すぎ、すでに置かれている状況がそういう言葉にふさわしいものだとも結びつかなかった。
 ただ彼は途方に暮れていた。
 母が生きていたときから、毎度の食事には困っていて彼が調達してきたことも珍しくはない。寝起きする場所は決まっていたが、それが無くなることで実際どんな苦労が増えるのかもわからなかった。困ったときに助けてくれる母もいない。一日のあいだに真夏と真冬がくるといわれる過酷な温度差のなかで、それをやわらげてくれる壁も屋根もなくなった。
 そして街にはそんな子供が溢れかえっていた。汚れているのも同じだ。汚れて、飢えて、目だけを空腹にぎらぎらさせて、大人にすがりつき金か食事を乞う。夜はそんな子供たちばかりが固まって暖をとって眠る。自分の名前すら言えない子供もいた。
 ハヴェルはまず寺院へと向かい、いつものように参拝客が身を清める場所で手持ちの皮水筒に水を入れると、暫く所在無くそこに座り込んでいた。動けばそれだけ空腹になるのを知っているか、あるいは動けないほど空腹で体が弱っているらしい同じような浮浪の者が多数座り込んでいる。日が高くなればそれだけ気温が上がり体力が奪われるので、ささやかな日陰は陰鬱な沈黙を守るものたちがひしめき合っていた。
 ハヴェルはこれからどうすればいいのだろうと幼いながらに考えてみたが、眠って食べて眠って食べて、以外のことはわからなかった。金や食べ物を得るために働くか盗みをしなければならないだろうが、屋台から一つ二つのものを盗んで毎日過ごせるのだろうかと。きっといつかは見咎められて怒られ殴られるだろうし、そうなれば相手も警戒するだろう。そしてそれをこれから空腹を満たすたびにやらなければならないと思うと、単純に怖かった。
 寺院には参拝客からの施しを求める孤児や病人の浮浪者がたくさんいるのを、ハヴェルは以前から知っていた。自分もここに水を求めてよくやってきたが、共同とはいえ帰る場所も母もある自分がそこに加わっては邪魔になるとなんとなく思っていた。彼らと同じ状況になった今でも、まだそれに加わって慈悲の手を乞うて伸ばす勇気がなかった。そして何がしかの食べ物を得たものがその場でガツガツと食べるのを見るのも空腹に辛かったので、ハヴェルは奴隷市場の賑わいのほうへ足をむけた。
 今日は特に大きな競りがあるのか、囲いに集められた人数が多い。殆どが痩せてみすぼらしいが、別の囲いにはそんな中でも見目の麗しいものだけが集められ、また別の囲いには左腕に同じ刺青を施した腰布だけの屈強な男たちが肉体を誇示するように立っていた。この男たちも売り物なのだ。
 顔を見ても二度と思い出せないようなみすぼらしい一団は、野菜でも買うように一人ひとりが驚くほど早く売買され、見目の麗しいもの、特殊な技能や能力を持っているらしいものの競りが始まった。その場は一気に活気づいて次々と落札の価格を叫ぶ商人が現れ、露店の主人たちの注意もそちらへと移りがちになるのをまってハヴェルは屋台から二つの果物を失敬して服の中に隠してその場を離れた。
 誰も見咎めず誰も追いかけてくる様子もなかったので、ハヴェルは少しほっとして、競りの様子は見えないが声はまだ聞こえてくる程度の距離を離れるとその場で果実にかぶりついた。
 甘酸っぱい果汁が口内を満たし、おなかのなかに水ではないものが落ちていく感動に夢中になって食べたが、それは空腹を収めるどころかさらなる空腹を呼んだだけだった。市場には肉を焼いている屋台もあれば、甘いお菓子を売っているところもある。しかしそれらは子供がちょっと失敬して逃げるには難しい形態で売られている。もしどうしても奪いたいなら、それらを買った客のあとをつけるほうが簡単だろう。だがハヴェルには盗むことが悪いことだとまだ覚えており、そして誰かのものを力で奪い取るという一線を越える勇気もなかった。
 ゴミだらけだが、塀と塀のあいだで日陰になっている路地にしゃがみ、ハヴェルは表通りの賑わいを眺めた。通りの人たちは貧しそうな人が殆どだが、皆何がしか目的を持って歩いているように見える。買い物にしろ、それがたとえ誰かから盗むにしても何かの目的と意志を持っていた。それに比べて、通り過ぎる人たちを見上げては慈悲を期待する物乞いたちは目も表情もどこか虚ろだ。極度の空腹と体力の低下は、あらゆる気力も尊厳も蝕んでいた。だがハヴェルにそんなことが理解できるはずもなく、彼はぼんやりと自分と物乞いたちは同じだと思った。
 やがて夕暮れが近づき灼熱から一気に気温が下がり始めた頃、人の波も退きはじめ、屋台や露店が片付け始められ、ハヴェルはようやく立ち上がった。寝る場所を探さねばならないのだ。その時、屋台や露店が去ったあとのゴミを漁る浮浪児たちの一団がいることに気づいた。みな幼く、ハヴェルと歳もあまり変わるまい。いやそれ以上に小さい子供たちもいた。彼らは二、三人ずつになって、今日捨てられたばかりのゴミを漁っている。
 自分の空腹感も耐え難いのでそれに加わったほうがいいのだろうかと迷ったが、怖くて一歩が踏み出せない。やっと動けたときには立ち去ることを決めていたが、背後からかけられた声に凍りつく。
「おいチビ、お前もちゃんと何か食えたか?」
 ハヴェルは誰かと間違えられているに違いないと思ったが、怖くて声が出ない。かろうじて自分は違うという意味で頭を横にふると、声の主は舌打ちしながらもハヴェルの腕をぐいとつかんで引き寄せた。
「いいか、お前が死んでも誰も知らん顔なんだぞ? 明日のことを考えるなら自分で自分を養え。いいな? 自分で自分を食わせてやるんだ」
 相手はそう言うと、ハヴェルの手に食べかけのカップケーキを押し付けた。砂がついているところをみると、誰かが落としてそのまま捨てられたのだろう。
 それでもハヴェルにはご馳走で、何も言わずにすぐにかぶりついた。砂が口の中でじゃりじゃりと音を立てたが、全部飲み込み咽た。
「おいおい、喉につまっても死ぬんだからな?」
 背を軽くたたかれ、ハヴェルは咽ながらもようやく相手を見上げた。
 ひょろりと背の高い少年だ。清潔とは言いがたいが、浮浪児たちよりはこざっぱりしている。貧しい労働者の子供だろうか。
「んー…お前の名前はなんだっけ? 顔に見覚えがあるようなないような。最近増えたチビだっけか」
 少年は眉根を寄せてハヴェルの顔を覗き込み、ハヴェルは反射的に顔を引いてまた頭を横に振る。誰かと間違われているのだろうが、どう説明すればいいのかわからない。
「お前、喋れないのか?」
 黙り込んでいると少年の声に少し苛立ちがまじり、ハヴェルはようやく唾を飲みこんで自分の名前を掠れた声で告げた。
「ハヴェル」
[ハヴェルか。覚えがないな。まあいいや、オレは頭悪いからな」
 少年は名前を聞いて満足したのかにやっと笑うと、周囲に散らばっている子供たちにそろそろ帰ることを呼びかけた。獣の子が親に呼び集められたように子供たちは少年の周りに集まり、ぞろぞろと歩き出す。驚いたことに彼らは市場のあとのゴミを掃除していた。少なくとも一箇所にまとめている。あとは夜の間にゴミの収集を生業としている集団が綺麗に持ち去るのだ。そして少年たちは掃除の代価として、食べられるものは何を持って帰ってもいいとされているらしかった。
 ハヴェルはわけのわからぬ集団に着いていくわけにもいかずその場にたたずんで見送ろうとしたが、先ほどの少年が振り返って今度は不機嫌そうに呼びかけた。
「あんまり手を焼かせるな? オレは気が短いぞ」
 ハヴェルはどうすればいいのかわからず、だが怒られるのも怖くてそのままその集団に加わって導かれるままに彼らのねぐらに着いていった。
 一緒に歩く子供たちは、誰もハヴェルに興味を示さない。それよりも子供たちばかりなのにだれもお喋りをしなかった。何組かは手を握り合って歩いているので、幼馴染か兄弟姉妹だろう。
 彼らは少年を先頭に黙って歩き、やがて母が倒れていた壁の内側近くまで来た。スラムの中でも一番酷いあたりだ。大人の腰ぐらいまで積み上げられた日干し煉瓦に、つぎはぎだらけの布が屋根代わりになった小屋とも言えないバラックだった。背を壁にまもられれば、気にする周囲は三方でいい。そしてその頭上に布をさし掛ければ、多少の日陰にもなる。彼らだけで作ったものにしろ、ささやかに外界から守られて眠れる場所だった。
 中に入ると母と住んでいた小屋と同じように、ここも子供たちが足の踏み場もない状態で寝起きしていた。外に出られずに横になっている子供は具合が悪いのだろう。少年はそばに跪くとその子を抱え起こし、水筒で水を与えて半分になった果実を与えた。その子は力なく咳をしながらも「ありがとう」と呟き、ささやかな食事を終えるとすぐまた眠りに落ちてしまった。
 ハヴェルは落ち着かないことこの上なく、どうやってここから逃げ出せばいいかと考えながら少年が自分を思い出さないように願いつつうつむいて座っていたが、それはすぐにかなわぬ夢となった。少年がハヴェルを目ざとく見つけ、横にやってきたのだ。
「ハヴェルだったな。すまんが、どうしても思い出せねぇ。どこでオレに拾われたっけ?」
「拾われてない…。ぼくは捨て子じゃない」
 ハヴェルは弱々しい声で否定し、少年を恐る恐る見上げた。
「ああ? そうか。オレはてっきり帰る場所も親もないチビだと思ったんだがなぁ。お前も違うなら違うといえよ。参ったな。間違って連れて来ちまったのか」
 少年は苦笑して「送ってやる」というように立ち上がって手を差し伸べたが、またハヴェルは頭を横に振るしかなかった。
「帰るところ、ない。母さん、しんじゃった……」
 ハヴェルは初めて母が死んだことを誰かに伝えたことで、一気に目の奥が痛くなり涙が溢れ出した。慌てて腕で顔を拭ったが、涙が止まらない。
 少年に怒られるかと思ったが、彼は「そうか」と短く言うと同じように短く抱きしめてくれた。
「じゃあここにいてもいいぞ。ここじゃみんなお前の家族だ。
 オレはルディガー。チビどものアニキだ」
「みんな、兄弟なの?」
「バーカ。そんなことあるもんか。生まれも国も違うさ。でも一緒にここで生きていくから兄弟になったんだ。お前はいくつだ?」
「たぶん、八歳」
 ハヴェルの答えに、ルディガーと名乗った少年は改めてまじまじとハヴェルを観察した。痩せていて小さく、どうみてもせいぜい六歳ぐらいにしか見えない。
「ずいぶんと成長が悪いな。まあ皆同じだけどな。なんかできることあるか? なんでもいいぞ。大人の財布を掏りとるのが上手いってのが一番いいがな」
 ハヴェルは暫く考えてから「文字が読める」と答えた。
「ほう、そいつはいい。暇なときにオレにも教えてくれ。でもそれじゃクソの役にもたたねぇ。ほかは?」
「うたを少しだけ」
「ふん、金か食い物になれば何でもいいんだがな。
 よし、明日からお前はその歌とやらで何か稼げるかやってみろ。ダメならオレが何か考える」
「稼ぐってどうやって?」
「頭つかえ、チビ。飾りモンか?」
 ルディガーは少し強くハヴェルの頭をつつくと、ここでのルールを教えた。
 共同生活をしていく上で、誰もが何がしか「提供」しなければならない。盗んできたものであれ、正規で得たものであれ、自分だけのものにせずここに持ち帰るのだ。そしてルディガーが彼らが生きていけるように配分してくれる。拾った金も同じだ。もっともここにいる子供たちにとって金よりもすぐ食べられるものの方が何倍も価値があり、金のできることをわかっていないので使うこともできないようだった。それはハヴェルも大差ない。
 計算というものを僧たちに教えてもらえるまでは、どの硬貨でどれだけのものが買えて、おつりというものがあることすら知らなかったのだ。
 子供たちは物乞いや道案内、他愛もない花を売ることから、大人の欲望に応えることまでさまざまな手段で少ない成果を持ち寄り、ここで肩を寄せ合って生きているらしい。増えても十四、五人で、いつの間にか出て行ったり帰ってこなくなったり、あるいは誰かにもらわれるらしい。ここには二十人は入れないんだとルディガーは言った。ハヴェルは十三番目だった。
 いつか金持ちの商人か誰かを捕まえて、孤児院を作ってもらいたいのが夢だと彼は言った。
「で、これが一番大事なことだ。この土地じゃ代価がすべてだ。お前はここで生活する代わりに何を差し出せる? いま差し出せるものがないなら、それができるまで待ってやる」
 ハヴェルは視線を落とし、腰に結わえていた食糧袋に手を触れた。渡せるものは五つだ。着替え、毛布代わりの母の服、父と母の形見になった笛、母が買った皮の水筒、そして名も知らぬ老婆がくれた指輪の護符。
 ハヴェルは黙って母の服を差し出した。これなら誰の役にもたつだろう。仕立て直せるなら、何着か子供の服もとれるはずだ。
 ルディガーは受け取るとハヴェルに手を差し出し「ようこそ、兄弟」と言って力強く握った。
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