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【小説】青い鳥はいつも見える

青い鳥はいつも見える I

 ←【キャラ】亡国の王子周辺 →青い鳥はいつも見える II
ラウルの章 1

 強い日差しが日々を満たし、気温が上がって本格的な夏が来るすこし前に、学び舎から子供たちが巣立つ。
 大きな夢と希望、そして不安も一緒にいだきながらさまざまな次への一歩へと進むのだ。
 国や地域によって就学の区切り年齢はさまざまだが、ベールヴァルドの多くは十六歳で中等前期教育を終了し、働くのでなければより専門的な学校へ行くための準備にあてる学校が多かった。ここまでの教育は国からの補助もあり、受けていれば学者でも職人でも、商人や傭兵でもなりたい道を選べるのだ。
 それは貧しい家庭に生まれた子供たちが、大人の都合で修行させるのには早ければ早いほどいいと言葉巧みに信じさせられ、まだ幼いうちから使用人同然の見習いに出されたり、社会的な最低限の知識を得られる機会を奪われないようにするためでもあった。よほど特殊な事情がない限り、基礎課程の学業を放棄して将来の仕事のためだけに時間を削ることはベールヴァルドでは現実的ではなかった。
 ささやかな修了式があり、オディールのアカデミーへの推薦が決まった学友が旅立つのを見送り、半数以上が十八歳で卒業する後期課程の地元の学校に進み、残りの半分は親の仕事を手伝うために、あるいは働き口を見つけるために子供と呼ばれる日々に別れを告げた。
 そして子沢山のウィルマ家の次男ラウルとその親友のグレンが故郷をあとにする順番が巡ってきた。


 出発前の一ヶ月ぐらいはどちらも家族から説教じみた注意をあれこれ聞かされ続けており、いい加減うんざりもしていたのだが、いざ出発して家族と暫く会えないとなると寂しさがひたひたと押し寄せてくる。
 二人が家族や友人に見送られ、意気揚々とコンカルノーを発ったのは秋もまだ浅い晴れた日だった。
 和らいだとは言え日中はまだ夏の熱気を感じさせる暑さが残っており、空は高く澄み切っている。
 ラウルは相変わらずひょろりとしていたが背が伸び、体が細いせいか手足がアンバランスに長く見えた。表情もまだまだ幼いもののほうが多く、無邪気な笑顔も変わらない。グレンのほうはさらにがっちりと大きくなったようで、とてもラウルとは同い年に見えないほどだ。癇癪を起こして暴れる回数はずっと減ったが、そのぶん親しくない人間に対してはずっと口数も減ったので、無言の威圧感を備えるようになりつつある。
 ラウルたちは働いていた雑貨店の店主の厚意で、定期的に店へ納品し王都へと買い付けにいく商人の馬車に二人分の席を確保してもらえることとなった。アルハーゼンまで三日の旅だ。
 馬車と言っても幌のついただけの荷馬車なので快適な乗り心地ではなかったが、徒歩で野宿をしながら何日もかけて行くか、金を払って慣れない騾馬を借りることを考えていた二人にとっては十分すぎる待遇だった。
 コンカルノーの風景の特徴でもある美しい橋の一つを、よく手入れされた二頭の馬に曳かれた荷馬車がゆっくりと渡っていく。ラウルたちが「お城」と呼んでいた貴族の城館が遠く見えた。しかしそれがお城というよりも館という規模であることをアルハーゼンを見たラウルは知っていた。
 そしてその建物がラ・ハエルの教会をのぞけば故郷の一番大きな建物で、それが遠くなるということは生まれた土地をどんどん離れていくことにほかならない。
 家族と兄のアドウィンの剣術試合を見るために王都へ行った時とは違った高揚感と、不思議な寂しさが心を撫でる。両親は笑顔で、妹や弟たちは不思議そうに出発するラウルを見送ってくれた。二度と戻って来れないわけではないし、そんなつもりもないのだが、家族と別れて暮らす寂しさか、新しい土地と仕事への不安なのか漠然とした気持ちが心にあるのだ。
 グレンは雑貨店の店主が道中のおやつにと持たせてくれた固焼きビスケットを一つ齧りながら、幌が上げられた後部から遠くなっていく故郷を見ている。街道は既に石で舗装されておらず、この先の距離を思えば自分たちの街がいかに小さいか感じられた。
「なんかまだ実感がないなぁ」
 グレンはやがてぼそっと独り言のようにつぶやくと、物思いから覚めたように瞬いて正面の木箱に座っているラウルを見た。
「そりゃこれからだぞ? 成功も失敗もぜんぶこれからだ。それに王都にさえまだ着いてない。
 グレンは行ったことないだろ? すごく驚くと思うよ! オレは熱が出るかと思うほどだった」
 ラウルは肩をすくめて悪戯っぽく笑うと、木箱から立ち上がって荷台の後部に移動し、離れていく故郷を見た。
 見慣れた街角の店や学校、貴族の館、格好の遊び場だった色づき始めた森、木々の合間に見えた優雅な曲線を描く橋、その全てがもう肉眼では確かめられず、心の中の目に映っているばかりだ。
 ラウルはひっそりと心の中で「またね」と別れを告げた。



 太陽が天頂にさしかかる頃、道は街らしい街道から雑木林の道になり、馬車はすこし開けた場所で休憩のために停められた。
 御者であり道中の保護者でもある商人が全員昼食を取るように言い、その助手もふくめて四人で簡単だが満足できる食事を取った。
 この行商人はテオといい、ラウルたちが働いていた雑貨店にベールヴァルド各地の商品を納めており、店主は彼をとても丁重に扱っていた。おかしな話だが、店主の態度が貴族に対するものより丁寧で敬意に溢れていたのだ。詳しくは二人に話さなかったが、恩のある人なので失礼がないようにしてくれと頼んだ。
 ラウルたちは確かに顔見知りであったが雑談を交わすほどの時間も親しさもなかったので、今回が初めて距離を縮める機会でもあった。
 テオは日常の動作は機敏で若々しいが、ラウルたちの祖父といってもいい年齢に差しかかりつつあるようだ。教師か神官のように落ち着いた雰囲気の男で、彫りの深い褐色の肌に白いものが混じった顎髭を蓄えており、物静かだがいつも穏やかな笑みを絶やさない。
 最初息子かと思った青年は助手で、ラウルたちの言葉がよくわからないようだがそれでも主人のようにいつもニコニコしている。テオと同じような日に焼けた肌の色で、ペールブルーの眼差しは鋭いが笑みを絶やさないので親しみ安さしか感じない。
 簡単なことならラウルらが話しかけると頷いたり頭を横に振ったりするが、コミュニケーションとなるとお互いがさっぱりだった。ただ当然のことながらテオとは異国の言葉で会話をする。名はアサルと言うらしい。
「コンカルノーは静かでいい街だ。ここに商品を届けに来ると、故郷に帰ってきたような気持ちになるよ。一ヵ月後、お前たちはどんなふうに思い出すだろうな」
 テオは微笑みながら深い藍色の目でラウルとグレンを順番に見つめた。
「テオさんはどこ出身なんですか?」
 雑貨店ではほとんど黙礼程度しか交わさなかったグレンが、それでも彼なりの親しさを覚えているのか珍しく自分から口を開いた。
「わしの故郷は戦争でなくなってしまったわい」
 自分の言葉に二人の少年が絶句したのを見て、テオは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ああ、すまん。気まずい気持ちにさせるつもりはなかったんだが。もうずっと昔の話だし、お前たちが気にすることもないぞ。それにこのあたりじゃ珍しいことでもないんじゃ。
 国が無くなってからはずっと旅の商人で随分とあちらこちらに出かけたが、十年ほど前にベールヴァルドに落ち着いてからは国内を移動するだけになった。もう歳だから長い旅をするのも堪えるのでな」
「コンカルノーは故郷に似てるの?」
 ラウルがブリキのカップに入れてもらったスープを飲みながら、視線だけをあげて尋ねる。
「まったく似ておらんよ。故郷は海に面しておった。海での貿易が盛んでな。海のゾラたちもたくさんおった。こことは正反対じゃ。
 ここに交易に来るのは大地のゾラじゃろう? それに海もない。何も故郷を思い出させるものがないが、だからこそ心が安らぐのかもしれんなあ」
「オレたち、海を見たことがないんです。海ってサフィルハイン湖より大きいんでしょ?」
 ラウルが言うと、同意するように横でうなずくグレンも好奇心で目を輝かせた。
 ベールヴァルドにはサフィルハインという美しく大きな湖がある。名の由来になったようにサファイアブルーの水が満々とたたえられ、豊かな森に抱かれた湖は魚も豊富に獲れた。
 冬になって森に雪が積もれば、空の青を湖が反射して風景は青白く光ったような幻想的なものになる。
 遠くは北方のアケロイデス山脈を水源とする川が流れ込み、さらに近隣諸国まで幾筋もの川となって潤しており、ベールヴァルドにとってだけではなく多くの命を養っていた。
 ベールヴァルドを出ずに一生を終えるものは、これがきっと噂に聞く海に一番近いものだろうと誰もが思っているのだ。
「サフィルハインじゃと? ああ! そうとも」
 テオは少年たちの言葉がとびきりの冗談でもあるかのように声を上げて笑った。
「ここでわしがどんなに説明しても、海を伝えることはできんよ。いつか目にしたときにきっとその意味を知るじゃろうて。それまであれこれ想像するのも、楽しいことの一つじゃよ。年寄りになると知らないことを想像して楽しめることはめっきり減るからな」




 四人は一時間ほどの休憩をすると、助手のアサルが草を食ませていた馬を馬車につなぎなおす間、ラウルたちは遠くに行き過ぎないようにして用を足し、雑木林の中をすこし散策した。
 自分たちが休憩をとった場所は街道から少しはなれた開けた草地だったが、よく注意してみると人の手で加工された白い岩が半ば埋もれて顔を出している。柱の基礎のような部分すらあるので、このあたりにはかつて何かを祀った建物があったのだろう。コンカルノーでも少し外れると似たような場所を見かけたので、それほど珍しいものでもない。古い土地ならば世界中どこでもあるものだ。
 テオが呼び戻す声が聞こえたので少年たちは馬車のほうへ戻り始めたのだが、数歩行きかけてラウルは草と地面に殆ど埋もれて見えなかった岩に躓いて大きくバランスを崩した。「うわっ」
ラウルは何とか手を着いて顔から転ぶことは免れたが、膝は擦りむいたようでひりひりするのを感じる。
 少し前を進んでいたグレンが声に驚き振り返るが、たいしたことがなさそうなのを見て笑う。
「ちくしょう、到着前に怪我なんかしてたら笑いものだ」
 ラウルはぶつぶつ言いながら両手の土を払って立ち上がろうとし、自分を躓かせた岩を恨みがましそうに肩越しに振り返った。
 あたりに散らばっている建物の名残と同様、かつては切り出されて積み上げられたらしい白い花崗岩だ。
 そのそばに同じように白いが、色の着いた何かが落ちているのに気づいた。湖で獲れる二枚貝ぐらいの大きさで、目を近づけてみると虹色の輝きを内包している。
「なんだこれ?」
 ラウルは膝をつかないようにしてしゃがみ、指先で少し地面をほじくるとそれを手のひらに載せた。オレンジやブルーと言ったたくさんの色が溢れている。もっとないかと周辺を見回したところで、もう一度振り返ったグレンに名を呼ばれ、殆ど無意識に最初の欠片をポケットに入れて立ち上がると、あとは距離を取り戻すべく跳ねるように走って追いついた。
 そのあとは夜の宿に向けて馬車がゆっくりと進む中、荷台に移動してきたテオからさまざまな旅の話を聞き、異国に思いを馳せ、いつか自分たちもそういう旅に出たいという憧れと羨ましさで拾ったもののことはすっかり忘れていた。
 やがて一行は日暮れの明るさがまだ残っているうちに王都にはまだあるが、それを護る一番外側の城壁をくぐって小さなの村に辿りついた。ベールヴァルドの国境付近にも幾重もの城壁があるが、特に王都の周辺は多い。それは侵入する人間ではなく、冥界から来る魔族にむけて作られたもので魔法の障壁でもあり、内側に行くほど高度な呪文で護られている。
 グランディナは聖族と魔族というシンプルな切り分けで扱うが、ベールヴァルドは魔族になった旧五神を信仰することと、一番直接に敵対する魔族と闘っていることもあって、自分たちと敵対する冥王の手先である魔族と力を貸してくれる魔族がいることを冷静に理解していた。冥王と対立する魔族は聖族や人間と同じかそれ以上の憎しみと敵対心を冥王勢に抱いているのだ。
 彼らの助力を得るために建国の折に城壁が造られた時にはその名が刻まれており、名が刻まれている魔族は城壁を通過することができた。もちろんその後に寝返った者もいるので、その名は忌むべきものとして聖魔法で削り取られたが、そもそも王都周辺に冥王の配下たちが押し寄せたことはない。
 王国史上、最悪の戦いですら国境よりもずっと北方のアケロイデス山脈の麓だった。
 ラウルたちがくぐった古い城壁は国境ではなく国内のものなのであり、さらには王都アルハーゼンからはかなり遠いので、のんびりと進む行商人を一瞥する衛兵がいても誰何されることはなかった。
 村と言ってもラウルたちがあとにしてきた街ぐらいの住人の数と施設が揃っており、さらには王都へ向かう商人や傭兵などを相手にした宿も充実していた。
 四人は小さいながら厩舎もきちんとしており、清潔な宿に泊まることにした。テオに言わせると、馬の世話にどれほど手間をかけてくれるかによって翌日の行程の進み具合が違うらしい。軍馬や旅の乗用馬は乗り手の命に関わることもあるので、黙っていてもそこそこの手入れはしてもらえるが、荷馬は何かと手を抜かれることが多いそうだ。泊まって払う金に含まれているのだから、もし将来預けるときには念押ししておくといいと教えてくれた。
 ラウルにはよくわからなかったが、グレンに言わせると荷馬車を曳いている二頭の馬はとても利口でよく訓練されているそうだ。彼は父親の鍛治の仕事場に馬に乗ってやってくる兵士たちを見慣れているので、その馬が大切にされているか、気質はどうかとよく観察する機会があったせいで、多少の目利きになっていた。
 荷馬車の馬はテオとアサルにとても懐いており、そして彼らが殆ど命令を発することもなくその意を汲んでいた。道中で休憩するときもアサルが丁寧に体を拭いたり面倒を見てやっていたので、大事にされていることは間違いないだろう。
 夕食は特別に美味しいものではなかったが満足できる量はあった。宿泊客は多くなく、夜になって肌寒く感じられるために暖炉に火が入れられ、自称詩人が擦り切れた絨毯のうえで弦楽器を爪弾き始めた。
 ラウルもグレンも旅をして宿に泊まるなどという経験は殆どなく、それだけでも興奮と浮かれ騒げる理由になったが、さすがに馬車で一日移動したあととなっては残っているエネルギーも底が見えてきそうな気配だ。いつもならそろそろベッドに追い立てられる時間だったが、ここにはもうそんなことを言う人もいない。
 グレンは暖炉のそばの自称詩人の音楽にうっとりと聞き入っており、ラウルはテオを通訳に助手のアサルと片言の言葉で会話を楽しんでいた。テオとアサルの異国の言葉は、詩人の口ずさむ歌よりも音楽的で耳に心地よい。
 それにアサルの方も昼間より積極的にコミュニケーションを取ろうとしてくれるので、親しさも増していた。
「テオさんとアサルが話してるのはどこの国の言葉なの?」
 ラウルはテーブルに頬杖をついて、眠気に抵抗するように小さなあくびを噛み殺した。
「ファリムディナとサフォンの共通語じゃよ」
「んーと……、ヴァルガのむこう?」
 学校で勉強した知識など殆ど覚えていない。大まかに記憶にあるのはグランディナとオディールぐらいだ。
「そうだな、ファリムディナとサフォンの間にヴァルガがあると言った方がいいか。その二国に挟まれた小さな国は、殆どこの共通語が通じる。むしろ大陸の共通語は通じにくい」
「二人はどうやって知り合ったの? アサルが弟子にしてくださいって来たの?」
 テオがラウルの言葉を通訳してやると、アサルはぱっと微笑んで立ち上がり、二階の寝室へと走っていった。
「ん? どうしたんだろう?」
 アサルの反応に、ラウルは少し眠気が取れたように瞬いた。
「ははは。アサルはお前に見て欲しいんだろう」
 テオが穏やかに笑ってアサルが戻ってくるのを待つように階段に目をやる。
「見るって何を?」
「ほれ、戻ってきおった」
 アサルはラウルに秘密を共有する者に対するような笑みを見せると、手に持ってきた黒い布の包みをそっと開いて見せた。
 煌く色彩が光を放つようにラウルの視線を釘付けにする。中央の大きなエメラルドを中心に、小さなダイヤモンドとエメラルドが優美な波曲線を描いて散りばめられた首飾りだ。ラウルにとっては王侯貴族が身につけるようなものに見えた。
 見慣れぬ高価なものに思わず息を呑み、ほかに誰か盗み見してないかと思わず周囲を見回す。
「アサルは彫金術師でな。といってもギルドに所属していないんで、正規の宝飾店に売ることはできんのじゃ。だから旅の商人を見かけては、買ってくれないかと交渉に行っていたんじゃが、その一人がわしでな。
 見ての通り、なかなかのモノだと思ったんで専属で買い付けてるうちに旅に同行するようになった。今でも道中で宝石を買い、工具を持ち歩いているので暇を見ては作っておるよ。工房にしかないような設備が必要なときは金さえ払えば大抵の彫金師が数時間ぐらい貸してくれるんでな」
 ラウルはこんな高価なものがここにあるとわかったら盗まれたり襲われたりするんじゃないかとどきどきしながら、小声でもう一度見せてくれるように頼んだ。アサルはもちろんだというように頷き、気安く包みを開いてくれた。
「コンカルノーの雑貨屋で、ご婦人方が首飾りを欲しがって取り寄せたのを見たことあるけど、これの半分も素敵じゃなかったよ! すごいね、アサル」
 ラウルの素直な感嘆の言葉をテオが通訳し、アサルのペールブルーの目が細くなって笑み崩れる。ラウルの興奮ぶりがグレンにも伝わったのか、歌に酔いしれるのをやめてこちらにやってきた。手元を覗いて目をまん丸にすると、ラウルとまったく同じ反応をして周囲を見回す。
「これは売り物なの? こんなの作れるならお店持てるんじゃないの?」
 ラウルは知らず知らず止めていた息を吐いて、恐ろしいのに魅せられるとでも言うように無理やり視線を首飾りからはずした。まだ食堂に残っている人たちが、急にこの首飾りを盗もうとしているのではないかという落ち着かない気持ちになる。
「売り物といえばそうなんじゃが、これはレプリカでな。本物は高価すぎて身につけるのも憚られるらしく、同じデザインで同じ色合いの石でアサルに作ってくれと頼まれたものなのじゃ。
 わしもできれば店を持たせてやりたいと思うが、いかんせんギルドに入ってないからのう」
「ギルドに入るのってそんなに難しいんだ?」
「いくら言っても本人にその気がなくてな。惜しいことよ」
 テオは欲のない弟子を横目で見ると、苦笑して肩をすくめた。その反応に内容の察しがついたのか、アサルも説明する代わりに苦笑してみせ、そしてふと思いだしたように身振りでラウルを指し示しながらテオに何か訴えた。テオは「ほう」と頷きながらラウルに内緒話をするように顔を寄せて声を潜めて通訳をする。
「アサルがもし差し支えなければ、ポケットに持っているものを見せて欲しいと言っている」
「ポケット?」
 ラウルは怪訝な顔をして「何も持ってないけど……」と言いかけて手を突っ込み、指先に触れた冷たい感触に昼間のことを思い出してそれを取り出した。
「これのこと? でもどうしてわかったんだろう?」
 ラウルは遺跡で躓いて転んだときに手に入れた欠片をテーブルの上に置いて、不思議そうにテオとアサルの顔を見る。
「アサルは少しばかり魔法に関する素質がある。もっとも何の訓練もしていないから、その方面のことは何もできないがな。おまえさんが持ってるそれが、何か魔法めいた気配があるらしく午後からずっと気になっていたそうだ。拾ったのかね?」
「うん。昼に休憩した遺跡みたいなところで転んで、見つけたんだ。もっとあったかもしれないけど、急いでたし」
 改めてその石を見ると歪んだ雫型のような形で、片面は滑らかで反対側は少し盛り上がっている。そして中は燃えるようなオレンジや新緑のような鮮やかな緑が踊るように入り混じっており、はっきりとした模様は説明しづらい。
 アサルは暫しばらく手を触れずそれをじっと見ていたが、やがて人差し指と親指でそっとつまみ上げると自分の手のひらに乗せて、目を近づけて覗き込んだ。
「綺麗な石だな。宝石みたいに見える」
 グレンが横から感心したようにつぶやく。彼は筋肉質で同世代よりも大きく、喧嘩早いので誤解されがちだが綺麗なものが大好きなのだ。
「ファイアオパールに似ているな。加工すればいくらかにはなるかもしれんが、どうじゃ? アサル」
 テオがアサルの言葉に直して尋ねると、アサルは頭を横に振った。そして説明し始めた言葉をまたテオがラウールたちに通訳する。
「ちからの失われた魔石の一種だろうと。ランプに使ったり通話に使ったりしているものと同じじゃな。ただ見かけが綺麗だから、加工すれば安い装飾品にはできるじゃろうと言っておる」
「魔石? 悪さしないよね? うちじゃ殆ど使ってなかったから馴染みがないんだ」
 ラウルが眉間を寄せて少し厭そうに尋ねると、テオは可笑しそうに笑った。
「ランプの発光魔石が悪さをするかの?」
「そっか。そういうものなのか。
 じゃあ見た目が綺麗だし、いつか好きな子ができたら加工してもらってあげようかな」
 ラウルが可笑しそうに言うと、その返事をテオを通して聞いたアサルが微笑んで自分が装飾品と一緒に持ってきた黒布で作った小袋にラウルの石を入れ、首から下げられるように皮紐を通してくれた。そして何か呪文のような短い言葉を呟きながらラウルにかけてくれた。さながら小さなお守りのようだ。
「なんていったの?」
 ラウルはアサルとテオに礼を言いながらその袋を撫でて、服の下に入れた。
「ラウルを護ってくれるようにと」
 テオが優しげに微笑みながら頷き、アサルも同意するように笑みを浮かべた。
「ああ、オレだけじゃ困るよ。グレンもね! 二人一緒に護ってとお願いしておいて」
 その言葉に道中の保護者たちはまた微笑み、アサルは異国の言葉でラウルが望んだらしいことを付け加えてくれた。




 翌日は宿が用意してくれた昼食を携えて出発し、前日よりももっと親しくなった会話を楽しんでいるうちに日は傾き始め、予定通り夕刻にはアルハーゼンの一番外側の門に到着した。テオの説明によると、アルハーゼンは大きくわけて旧市街クーラン、上層街と中層街を含む新市街マティラ、下層街メレディスの三つの層で構成されており、一番外側の下層街メレディスと呼ばれる街は傭兵や移民、異種族が住んでいる。そしてテオのような行商人が多く行き来するので活気があるのもここだ。
 貧しいながらも荒んではおらず、治安が良いとは言いがたいがゆっくりと腐敗して朽ちていくような停滞感は微塵も感じられない。アルハーゼンの特徴の一つと言っても良いのが魔族と闘う士気で、それが一つの団結力と生きる活力を生み出していた。年齢や性別、国籍や種族を問わずに、アルハーゼンに暮らす彼らは魔族から自分たちの国や生活を守ろうとする意識が高い。それは移民や異種族が暮らす下層街メレディスでも同じで、その意識が貧しい街にありがちな絶望感や閉塞感を和らげていた。
 そして新市街アンティア地区とまとめて呼ばれる上層街と中層街。上層は役人や裕福な商人、中層には職人や商人、学者など一般民が多く住み、もっとも賑わいもある。中層と下層の郊外には田園風景も広がり、それらの収穫物を売りに来る者も多い。中層と下層にはとりたてて感じるほどの意識差はないが、中層と上層、さらにはその上位にあたる旧市街との間には場所や身分の違いをおのおのがはっきりと感じていた。
 最後に王城をいただく旧市街クーラン地区には貴族や騎士たちの館が連なり、王を守っている。この地区へ入ることを一般民が禁じられているわけではないが、積極的に出入りする機会はラウルの兄のアドウィンが参加した武闘大会や一般に開放された催し物があるときだけで、あとは貴族相手に商売を営む者だけだった。
 そしてラウルたちがこれから修行させてもらう店は、これら三つのエリアに店を構えているというのだから、店の主人はかなりの成功者といえよう。
 下層街メレディスの門をくぐったあとも暫くはのどかな農村風景が続き、この秋最後の収穫を待つ畑が広がっていた。時に羊や牛が道を横切り、彼らの馬車の歩みを止める。
 ラウル自身も見慣れた景色だが、一つ違うのは街道を行く人や馬が多いことだった。
 明らかに傭兵の職を求めてきてやってきたのであろう戦士や流浪の騎士、背に楽器を背負った吟遊詩人や曲芸士、そして不躾な視線を向けないようにするのが難しいほど美しいエルフ族。
 ラウルとグレンは馬車の幌で外から自分たちが見えないのをいいことに、その隙間から通行人たちを眺めて存分に楽しんだ。いやむしろ目が離せなかったのだが。
 今夜の宿に到着すると、テオとアサルはラウルたちを置いて早速買い付けに出かけていった。下層街だからこそ手に入るものがたくさんあるそうだ。アルハーゼンは昔から大陸を横断する交易路の中継地点であり、世界のさまざまなものが集まる場所だ。特に一般民の生活圏である中層街よりも市が多く立つので、集まる商人たちの数も多い。
 宿の近くをグレンと二人で少しだけ歩いてみたが、故郷では目にしたこともない食べ物、衣装、装飾品、怪しい魔法のかかった品の数々、ペットになる小型の魔族、家畜、異国の音楽、踊り、言葉、すべてが洪水で人生最大のカーニバルのように見える。
 今のラウルたちからすれば極彩色がめちゃくちゃに混じった喧騒のようで目が回るが、いつかはここで抜け目なく値段交渉をする日も来るのだろう。


 テオたちはアルハーゼンで買い付けをすませると、また地方の街へとそれらを売りに行く。次にやってくる時にまた会える可能性があるとはいえ、ラウルは二人との別れを寂しく感じていた。
 それは皆が感じていたようで、その夜はささやかな別れの会となった。
 テオは二人にまた立ち寄るから、家族への手紙があるときは預けるといいと言ってくれ、アサルはラウルたちが生活することになる新市街アンティアのことをテオの通訳を通して色々と教えてくれた。
 ラウルとグレンが世話になる店は「五つの恩寵」という名前で、主人のオルクスはこわおもての四十過ぎの男性で三隻の商船を持つそうだ。そして買い付けの旅のために殆ど国におらず、店のことは弟子や家族にまかせているらしい。
 貴族相手の旧市街の服飾店には姉であるエルヴィラの夫が、下層街の食料・雑貨店は実弟が、そして生活雑貨の何でもを取り扱う新市街の店は弟子が店主となって仕切り、その三つをオルクスの姉であるエルヴィラが統括しているそうだ。
「商人というよりは傭兵みたいな面構えをしているが、頭も面倒見も良い男じゃよ」
 テオはそういうと安心させるように笑った。
「商売と一口に言っても色んな面がある。いかに上手く売るか、いかに安く仕入れるか、いかに利益を出すか、そして騙されずに良いものを仕入れられる目があるか、人々が欲しがるものを心得ているか。小さな店を持つならこれらを全部こなせないといかん。大きな店になると、それぞれに秀でた人を雇ってまとめねばならん。
 お前たちが学ぶことは尽きんぞ」
「がんばります。自分たちの店をいつか持って、グレンと一緒に世界に買い付けの旅に出たい!」
「俺もラウルと一緒に頑張ります。二人一緒ならきっとどこへ行っても大丈夫ですよね」
 ラウルとグレンはそう約束すると、テオたちも楽しみにしているというように頷き彼らを励ました。
 翌日は買い付けした荷馬車を宿に預け、一行は徒歩になり新市街マティラへと最後の旅を進めた。下層街の道中はずっとさまざまな市の連続で、さすがにラウルたちもものめずらしく眺めるよりは、早く静かなところで落ち着きたいという気持ちになっており、新市街の巨大な門が見えたときは少なからずほっとしたが、門をくぐりぬけたところで状況は大きく変わらなかった。住人の服装が少しばかり上等になり、異国のものや異種族が若干少なくなっているものの、賑やかさは下層街とひけをとらない。
 だが立ち並ぶ建物は以前来た時に見たように、古いながらも手入れが良く行き届いており、春ではないのでいくぶん少な目とはいえ、花がテラスや窓から咲き零れている。たくさんの店が軒をつらね、子供たちがはしゃぎながら路地を駆け回り、裕福そうだとまではいかずとも、安定して多少なりの余裕がありそうな家が多い。
「今日は国とギルドが決めた半月に一度の休息日で、ギルドのいくつかが休みだ。店によっては徒弟たちに休暇をくれるところもあるぞ。そのぶん、広場なんかの市場が賑やかだ」
 テオがほら、と指した先は左右を挟まれるように続いた石畳の生活路が突然途切れて視界が広がっていた。中央には噴水が見え、その広場を取り囲むように市が立っている。音楽、歓声、呼び込む声、再びラウルたちは喧騒に圧倒された。
「すっかりお祭りに見えるよ!」
「一種の祭りだろうなぁ。仕事から解放されて、楽しむ日じゃ」
 ゾラのような娘たちが踊りを披露するのを取り囲んで喝采がおこり、別の場所では小さな魔獣が芸を見せている。占いはいかがかと誘う老婆の声があり、違う場所からはサイコロの博打をやらないかと呼び込む声が聞こえる。いつのまにかテオとアサルはラウルたちを間に挟んで歩き、二人が断れぬような誘いに捕まらないようにしているかのようだった。その広場を横切るように反対側の路地に入り、休息日で扉を閉ざした静かなギルドの工房が連なる通りを進むにつれしだいに歓声は背後へと消えていった。道幅はまただんだんと広くなり、馬車が行き交えるほどの広さの通りに出ると、そこの正面に『五つの恩寵』があった。
 白い漆喰の壁に交差する柱や梁が装飾のようで、アーチ型の窓と共に建物を彩っている。民家のゆうに二軒分の幅があり、三階建てだ。裏には倉庫と徒弟たちが寝起きする宿舎のようなものもあるらしい。一階部分の下半分は華やかな色タイルがモザイク調に埋め込まれており、人が集まる場所にふさわしい賑やかで楽しい雰囲気になっていた。
 多彩な雑貨や日用品を扱い、二階は各地から集めた生地と仕立てをしているらしい。ラウルたちがこれまで目にしたどんな店よりも立派だ。知り合いとはいえ、面識のない田舎育ちの自分たちを弟子として面倒を見てくれるとは今さらながら夢のようだ。
 そう思ったとたんにラウルは急に緊張してきた。グレンをこっそり見れば彼も同じような気持ちらしい。ぐっと歯を噛みしめているのか口がへの字になっている。
 テオとアサルに連れられて、ラウルたちはいよいよという緊張の面持ちであとに続いた。
 扉は顔の高さがガラスになっており、中が覗ける。テオが取っ手をつかんで引くと、来客を教えるドアに取り付けられたベルが開閉の振動で涼やかな音を立てた。
「いらっしゃいませ……って、ああ、これはテオさま! 今日ご到着でしたか!」
 なめらかな愛想の良い若い男性の声が驚愕の声音にかわり、外の明るさとの差で目をくらまされていたラウルたちの前にやってきた。二十代の後半だろうか。少し長めに伸びた暗めの金髪を後ろで縛り、モスグリーンの目が印象的な優しげな男だ。すぐにラウルたちに気づいて、あらためて微笑んでくれた。
「おいおい、『さま』はやめんかといつも言っておろうが。年寄り扱いばかりしよって、本当に老け込んでしまったらどうする?
 今日は休息日だから店もヒマだろうと思ってな」
 テオは苦笑しつつ言いながらも、ラウルとグレンの肩に置いた手を前へ出るように促した。
「コンカルノーからの預かりものだ。確かに届けたぞ。良い子たちだ」
「ようこそ、アルハーゼンへ。ようこそ、『五つの恩寵』へ、ラウル、グレン」
 二人は自己紹介する前から名を言われ、驚いてテオと相手の顔を交互に見た。
「ええっと、オルクスさんですか?」
 ラウルが自信無げにテオへとも目の前の男へともつかない問いを呟くと、アサルが吹き出した。その反応からすればどうやら違うらしい。そういえばオルクスなる人物は強面だと教えてくれたのを思いだした。
「名前はオルクスさんから聞いていたんだよ。もっともどちらがラウルでグレンなのか僕にはわからないけどね。
 ボクはディリス・クウェンティン。ここの店を任されてる。つまりはキミたちの先輩で、先生だね。よろしく」
 差し出された手を握りながら、ラウルとグレンは改めて名を名乗り、そのあとで思いだしたように故郷の店主が持たせてくれた紹介状の封書を渡した。ディリスは形式上といわんばかりに中をあけて、明らかにざっと一瞥程度の流し読みをするとまた二人に視線を戻した。
「キミたちの先輩になる人がもう一人いるけど、今日はお休みをもらってる。また明日にでも挨拶するといいよ。仲良くできるといいね。歳も近いと思う。
 それとテオさま……ああ、いや、テオさん。ぜひ旧市街のお店に寄っていってくださいね。エルヴィラさまがお会いするのを楽しみになさってますよ。これを伝えないと、絞め殺されます」
「旧市街の店は肩が凝る。今夜はまだ下層のいつもの宿に泊まるから、どこかそのあたりで」
 珍しくテオが困ったように笑いつつ言うと、ディリスはやれやれというように眉を上げて微笑んだ。
「わかりました。使いをやっておきます。では買い付けはもう済まれたのですね?」
「下層だけな。今日はここで驢馬を一頭借りて行こうと思っておった」
「もちろんですとも。何頭でもどうぞ!」
 テオは「助かるよ」と言うとラウルたちに向き直り、少し身をかがめるとその目を覗き込んで、励ますような笑顔をそえて別れを告げた。
「また会おう、ラウル、グレン。お前たちに神々の恩寵があるように」
「マタ 会イタイヨ。元気デ」
 アサルも片言の言葉で別れを告げる。ラウルは思わず二人を抱きしめ、グレンは力強く握手を交わした。
「ありがとう、テオさん、アサル。故郷を出たのはもう随分遠い前みたいに思えるほど、この旅は楽しかったよ。きっとずっと忘れないよ。今度会うときは、少しは成長してるよ!」
 別れを告げるとテオとアサルは勝手知ったる様子で裏へと驢馬を借りに出て行き、ラウルとグレンは改めてこれでもう保護者がいなくなったのだと寂しく思った。
「さて、別れがあれば出会いがあるんだよ。ボクたちみたいにね。とりあえずキミたちが生活する部屋に案内するよ」
 ディリスは温かい微笑みを浮かべると、暫く店を空ける旨のプレートを扉にかけて施錠した。ラウルが改めて店内を見まわすと、驚くほどたくさんの品が整然と並べられているに気づいた。故郷の店でそうしたほうがいいと提案したことがあるように、この店では雑貨とひとくちに言っても使う目的によって商品が分類されて陳列されている。これなら商品が多くても客はあまり探し回らなくても済む。つまりは店員の手間も減るわけだ。
 ディリスは二人を案内して店内を通って建物の裏手へ出ると、井戸と厩舎が見える中庭のようなところに出た。中庭と思ったのは、左右を建物に囲まれており、正面は厩舎で井戸と馬車よせのような石畳以外は芝生が覆っているからだ。井戸はちょうど中庭の真ん中にあり、洗い場のような場所もそばにある。そして粗末なベンチがひとつ。ちょうど驢馬を引いて出て行くテオとアサルの後姿が小さく見える。
「ここは路地に通じていて、荷物の搬入があるときはここに馬や馬車が来るんだよ。そしてボクらが出入りするのもここを通って裏口から入る。店の正面からは出入りしないのが決まりだ。
 右手が倉庫、反対側が宿舎だ。宿舎ももとは倉庫だったんだけど、買い付けに来る商人や船が到着したときに船員たちが泊まれる宿代わりに改装したんだ。だから普段はひとけがないけど、オルクスさんの船が着くと宿屋みたいに賑やかだよ」
 ディリスはくすくす笑いながら言うと、二人をそちらに案内した。コンカルノーの一番大きな宿屋よりも大きな建物だ。といっても、コンカルノーの宿屋は五組も泊まれば満室だったのだが、ここはそれ以上に部屋がありそうだった。一階は広い食堂と詩人や踊り子たちが芸を披露できる舞台もある。二階が客室で三階が店関係の人間が寝起きしているらしい。
「ここでのルールは明日もうひとりの先輩に聞けばいいよ。とりあえず鍵を預かっているから、キミたちは荷物を置いて戻ってきて。それと部屋には鍵をかけてくるんだよ?」
 二人は一つずつ鍵をもらうと階段を上がって三階に行ったが、住人には誰にも会わなかった。どの部屋なのか聞かなかったな、と閉ざされた扉が続く前を進んでいくと、彼らが来るのを待っていたかのように開かれている二つの部屋があった。その前に立ち止まってそっと中を覗いて誰もいないのを確かめてから、鍵が合うか差し込んでみる。最初に選んだ部屋は鍵が合わず、二人は場所を入れ替えると改めて鍵を確かめてドアも閉めないまま中に入った。
 新しくはないが清潔なベッドが一つ、その横に小さな書き物机と椅子が一つ、棚と引き出しの箪笥が一つ。床は擦り切れかかった絨毯が敷いてある。ベッドの横は通路ほどの空間しかないが、間違いなく個室だった。ラウルもグレンも故郷では夢想だにしなかった自分だけの部屋だ。
「すごくない? これ……」
 ラウルは呆然としたように独り言をつぶやくと、すぐににんまりと笑った。
 なんだか想像以上の幸運が次の幸運をつれてきている感じだ。
 すでに故郷からの旅で、テオとアサルとの出会いはとても楽しいものだった。これも幸運だ。
 修行する店でこれから指導してくれるらしい人も感じが良い。ラウルはすでに好感をもっていた。なんとなく自分に似ているような気持ちすらする。
 そして故郷では持つことは不可能だった自分だけの部屋だ。
 ラウルは心の中で神に感謝し、ふと思い出してアサルが祈ってくれた胸に下げた石にそっと触れた。
「このおかげもあったりしてね」
 グレンに早く戻ろうと声をかけられ、二人は自分の部屋に鍵をかけて戸締りをするという慣れない行動をぎこちなくすると、階下で待つディリスのもとへと戻った。
「さあそれでは店を簡単に案内しよう。そのあとは明日からやってもらうことを説明する。そのあとは街に慣れるためにおつかいを一つ頼まれてくれ」
 ディリスは少年たちに親しげに言うと、両側に二人を従えて店へ戻り、扱っている商品を説明しながら棚をめぐり、階上の仕立て屋をかねている生地屋を見せた。そこでディリスは二人の少年に店で着るお仕着せを与え、また二人を驚かせた。
「決して立派な服じゃないけれど、それを着てたら街に出ても『五つの恩寵』の店員だってわかるんだ。だからお客さんも用事があれば頼みやすい。切れた石鹸を持ってきてとかね?
いいアイデアだろう? キミたちのもう一人の先輩が考えたんだよ。その時ボクは洋服代が勿体無いと思ったけれど、すぐにそんなものは回収できた」
 店内はラウルたち二人にとれば圧倒される品揃えで、とても個別の値段を覚えられそうにない。その不安を言うと、ディリスは笑いながら商品の裏や見えにくいところに全部値段が書いてある、と教えてくれた。
 見習いは半年間、その間給料は出ないが宿舎の費用も取られない。つまりは食事と住む場所の心配はない。店から一週間ごとに多少のお小遣いがある。午前中は読み書きを教えてくれる徒弟用の学校に行くように言われたが、それは問題なくできると答えると、一つ上のクラスで商売用の計算と異国の言葉を教えてくれる教室に行くよう言われた。
 勉強の嫌いなラウルはうんざりした顔をしたが、グレンは今までの学校で習わなかったことを教われるのに嬉しそうだ。そして給料が出るようになると、宿舎代金としていくばくか引かれたものが渡されるらしい。今日のような休息日に休暇ももらえるそうだ。
 店での接客だけでなく倉庫の管理、荷運び、客の注文をとりに行くご用聞き、兄弟店へのお使い、仕入れの計画や売り上げの計算なども覚えてもらうと言われた。それらを週単位でグレンと交代していくらしい。つまりは一緒に同じ仕事につくことはしばらくはないようだった。
 二人は真面目に耳を傾け、話の区切りがあるたびに「頑張ります!」と合いの手のように入れるので、とうとうディリスは笑い出した。
「わかったよ。キミたちが頑張ってくれるつもりなのはよくわかった。それとね」
 と言葉を切るとカウンターの下からノートを二冊出して二人に渡した。
「これから覚えることはたくさんある。ボクからに限らず、教えてもらったことは全部書き留めておくんだよ。必ずあれはどうだったかとわからなくなることがある。その時に読み返せるように丁寧にね」
「うへぇ、学校の先生みたいですね」
「学校だけに限らず、学ぶ場所はたくさんあるんだよ、ラウル。こればかりは『頑張ります』はないんだね」
 ディリスのからかうような言葉に、ラウルは肩をすくめ、グレンが代わりに「頑張ります」と言ってまた笑いを誘った。
 その後二人は先ほどのお仕着せに着替えるように言われ、町を覚えるための最初のお使いに出された。メモにある家を三軒訪ねて、持ってきて欲しいものがないかを聞くらしい。どうやらこれだけは暫く二人で一緒の仕事になりそうだ。
 ディリスの書いてくれたメモを片手に、見知らぬ町にも関わらずラウルとグレンは勢いよく走り出て行く。
 外は相変わらず休息日の賑わいがあったが、二人はもうそれに目を奪われなかった。ここが何年かは自分たちの住む場所になるのだ。急いであれこれ見て廻る必要もない。それよりもここで生活していくという現実が嬉しかった。
「なあラウル、この街に一人で来てたらきっと目を回して倒れてたと思うよ! 道中で色んな話を聞かせてくれたテオさんたちに感謝だ。ここは好きになりそうだ」
「オレもだよ、グレン。ここで毎日生活して働くのかと思うだけで、すごくワクワクする!」
「あ、緑の煙突のある家はあれだ」
 グレンの指す先にメモどおりの家がある。二人は玄関の前で深呼吸すると、ちらりと視線を合わせ、扉のノッカーを鳴らすと元気よく挨拶の言葉を口にした。

「こんにちは! 『五つの恩寵』から御用を伺いに来ました!」

 その後、二人が何度も何度も同じこと繰り返して家々をめぐることになる、記念すべき第一声であった。
 
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